【インタビュー】篠田真貴子氏 - ジョブレスで得た経営課題への新たな視点と、クリアになった取り組みたい課題(2/3ページ) - Widge Media

【インタビュー】篠田真貴子氏 - ジョブレスで得た経営課題への新たな視点と、クリアになった取り組みたい課題(2/3ページ)

記事紹介

日本長期信用銀行、マッキンゼー、ノバルティス、ネスレを経て、2008年にほぼ日(旧・東京糸井重里事務所)にジョインし、取締役CFOを務める。2018年11月に退任し、自ら「ジョブレス」と名付けた次のステージの摸索期間に入る。2児の母でもある篠田さんに、2019年11月に取材し、心境とその後の展望について伺った。(注:2020年3月にエール株式会社取締役に就任。)

※インタビュアー/株式会社Widge利根沙和

ジョブレス宣言をされて1年ちょっと経過しましたが、今後のことは何か具体的に決められているのでしょうか。また組織の中に戻っていかれるのか、それともこのままずっとフリーで活動なさっていくのか、私も含めて皆さん気になるところかと思います。

そうですね。ほぼ日を退任してから考えていて、今も気持ちは変わってないんですが、もう一度組織に入って仕事をしたいなと思っています。いわゆる外部アドバイザーで何社にも関わってとか、コンサルタントとかいうのは、メインシナリオにはないんですよね。

それは、それこそ今のタイミングじゃなく60歳過ぎてもできるなって……。

これまでも幸い、いろんなタイプの組織、いろんなタイプの役割で仕事はしてきたんですけど、何かまた違うタイプの組織で働けたらいいなと思っています。

CFO以前にも長銀・コンサルタント経験・大企業でのファイナンス経験と多様なご経験をお持ちではありますが……また違うタイプというと?

 

そうですね。もうちょっと正確に言うと、コンサルタントでもなくファイナンスの中間管理職でもなく、いわゆる経営陣として自分が責任を持って何かやるっていうのは、ほぼ日しか経験がないんですよね。その観点で、全く違う環境でやってみたいなっていう気持ちがまずあります。

仮に60歳を過ぎてフルタイムではない形で色々な事業にお役に立とうと思った時に、経営陣という立場でも複数の経験があると、組織や事業のタイプは様々あれど普遍的に言えることはどういう事なのかとか、逆に事業の個性が出るのはどういう所なのかというのを、もうちょっと実感を持って自分が判断できるだろうなと思っています。逆に言うと、今の自分はそこには至ってないし、それではなかなか通用しないだろうなというのが自己認識ですね。

なるほど。今後どのような企業に関わっていかれるのかとても楽しみですね。

ほんとに、私も楽しみです。休みを取ってみて、様々なお声掛けを頂く中で、自分が興味がある領域というのは割と明確になっている気がしていています。

その事業の理念・経営戦略・実際の事業・その事業の手順やオペレーション・それを実行する人……という一連のつながりの中で、コンセプトが末端まで一貫してれば皆さんハッピーなわけですけど、それは絵に描いた餅で、現実はなかなかそうはなっていない。

でもその時に「描こうとしてた餅って何でしたっけ」みたいなディスカッションであるとか、現実を理想に一歩でも近づけるために今できる事を見つけて、そこを起点にして全体がよくなって……というような形での組織や事業への貢献の仕方が私は興味があるし、好きなんですよね。そういう所でお役に立てる機会があれば、それはやりたい事の一つだなというのはクリアになりました。

そういったことはなかなか企業内部にいると見えづらくなりますよね。そういう視点を求めてらっしゃる経営者の方は多い気がします。

 

それはそうだと思います。私も経営にどっぷり入ってしまったらたぶん同じだと思います。

事業をつくり育てたり、目まぐるしい環境の変化にともなってどんどん組み替えていったりという永遠の営みの中で、色々な経営資源が必要です。たぶん昭和ぐらいまでは、その中で一番足りなかったものが「お金」だった。だから会社や世の中の様々な仕組みも、「いかにお金を獲得し、有効に使うか」に最適化されていたんだと思うんです。それが徐々に変わってきて……。

今はあるところにはあふれていますもんね。

あふれまくりですよ。低金利は分かりやすくそれを表していますね。

現在、経営資源の中で何が希少で上手に使わないと駄目かって言えば、完全に「人」だと思っています。情報とか技術っていう方もいらっしゃって、それはそうだと思うんですけど、結局それは人に宿るので。そういう意味で言うと、重要な経営資源はどんどん人に寄ってきているんだけども、そこを上手くやるやり方や社会の仕組みってまだまだ未発達だと感じているんです。

例えば未上場の会社さんで、まず事業のアイデアが良くてお客さんが付くというのは大前提ですけど、そうなった時に今は資金が集まるので、ちゃんと事業は大きくなるし、お客さんも増えるんですよ。それで社員も増える。気づけば、ちょっともう仕組化しないと大変ってところまで、わっといっきに大きくなるケースが増えてますよね。

でもそこに対して経営の知識や仕組化の知見を授けられる人が、どうしても金融系の人が多いように私には見えちゃうんですね。

いわゆるお客さんがいて、サービスする人や物があって、という生身の事業を本当の意味で伸ばすという経験がある人が相対的に少ないように見えます。

もちろん金融の経験はあったらあったでいいとは思うんですけど、どちらかというと「事業会社で色々な持ち場でやってこられた方で良い人いませんかね」みたいな話をよく耳にするので。それは構造として今お話したようなことなんだなと思って……。

世の中が変わってきて、皆さんの「マインド」と「仕組み」、そこにズレもあるしチャンスもあるなっていうふうには思いますね。

なるほど。目的に対する目標の設定の仕方が時代の変化とともに現実とズレてしまったのかもしれませんね。会社の存在意義とか事業のコンセプトがあって、それを達成するためのファイナンスや数字目標があるのに、いつのまにか数字目標の達成が目的になってしまって……ということも多いですよね。

おっしゃる通りですね。ルールや方法論ってある種クリアな形を伴います。それに対して「目的」みたいなふわっとした抽象的なものって、そのクリアなものに対してかすんで見えなくなっちゃうんですよね。特に、現場を守っている方々がその力学にやられちゃうという状況が起きがちです。色々な経営者の方とお話しする時によくそこは問題提起させていただくんです。

例えば上場でも海外進出でもいいんですけど、それは手段ですよねと。そもそも何か今、経営として成したいことがあって、それへの有効な打ち手として、上場ないし海外進出っていうものに繋がっているはずですよねって。

いまの私は、仕事をお休みしている外部の人間です。だからこそ素朴な質問を投げかけて、そこで良いディスカッションができたりする事はよくありますね。この視点を私自身が経営内部に戻った際にも活かせるといいなとは思っています。

あともう一つは、これは直接仕事になるのか、ちょっと分からないんですけど。

個人的に仕事を離れて改めて振り返ると、子どもを育てながら女性が「向上心を持って」仕事をするって、やっぱり大変なことなんだなと思ったんです。自分を振り返っても大変にご苦労さんだったなとすごく実感しています。

その観点で今の20代・30代の方々とお話をすると、その方々が抱えている不安や悩み・苦しく感じる事が、私が経験してきた事とほぼ全く変わっていないんです。「この間の25年は何だったのか……」という気持ちになりまして。

親子ほど年齢の違う女性と話していて、この課題に関してものすごく話が合うんですよ。これはちょっと、私が仕事をする機会がある中で、もうちょっと楽になるようにお役に立てたらいいなと、明確に思うようになりました。

 なるほど。篠田さんがそのテーマで問題点と解決策を掘り下げていってくださったら前向きな一つのムーブメントが起こる気がします。

 

何をどうっていうのはまだ具体的にはないんですけど……。最終的には個々人や各ご家庭の価値観のお話なので、そこに仕事として立ち入る事は絶対にないですが、何かその周辺で貢献できたらいいな、という気持ちはありますね。仕事をしていた時から、自分の個人的な問題としてはずっと抱えていましたし、個人的に相談されれば経験者としてお話することはありましたけど、その範囲を超えて向き合う余裕はなかったんですよね。

今のようなジョブレスの時間をもった事で、もう少し広い意味で「社会の課題」として捉えて、その全体像をもう少し理解したい、また課題の解消にちょっぴりでも自分が貢献できるんだったら、それは嬉しい事だなと思えるようになりました。休む前の自分はそこまで自覚していなかったですね。この期間のおかげで、問題意識が広がりました。

目の前にある仕事に子育てにと全力投球している日々の中ではなかなか辿り着けない観点ですよね。この期間に色々なカンファレンスやインタビュー等でお話をされたりした中でクリアになった部分もあるのでしょうか。

経営と組織というテーマについてはそうですが、女性の問題の方はもっと個人的な内省の結果ですね。

昨年の春に出版されたメリンダ・ゲイツさんの著書『THE MOMENT OF LIFE』(日本語翻訳版『いま、翔び立つとき 女性をエンパワーすれば世界が変わる』)を読んで、ものすごく感銘を受けたのも内省につながったきっかけのひとつでした。

夫のビル・ゲイツさんとゲイツ財団の共同議長として、元々は公衆衛生の課題等にテクノロジーを活かしたアプローチで取り組まれていたんですが、アフリカやインドなどで具体的に進めようとすると、日々の生活に取り入れる際に主導となる女性達の、社会でおかれている状況がバリアーとなって上手く広がらない。

どんなに素晴らしいテクノロジーで便利なものを届けても、公衆衛生に限らずあらゆる問題解決に際して、そのバリアーを取り除くためには、「女性の社会的地位」の問題に行き着くことに気が付いたというのです。

そこでメリンダさんがいろんな国へ足を運び、女性の課題を見つけて学び、それを乗り越える術を探していくのですが、結局は個々人がその地域の中での女性に対する色々な偏見や地位の低さを自ら乗り越えて「女性だってできるんだ。価値があるんだ!」という事を示すことで、その村や地域が変わっていくというのをたくさん見ていくんですね。

そんなエピソードを連ねていくうちに、メリンダさん自身が自分にもそのバイアスがあると気づいたというのです。もちろん生活している環境は全然違うんですよ。世界一の大富豪で、アメリカの素晴らしいインフラの中で生活しているんだけれども。でも自分は自然に子育てに専念する道を選んだとか、あるいはビルさんとの関係において女性として自然に一歩下であろうとしているとか、当たり前のように置いてきたものを乗り越えないことには、支援先の女性達を本当に理解し支えになる事はできないんだっていうところに至ったんです。

それを読んだ時に、私にもそういうものが個人の課題としてある、と気づきました。外からはそうは見えないかもしれないですが、私なりに乗り越えてないものもあるし、傷ついてきた事もある。本当にこれを乗り越えるには、そこにちゃんと向き合って自分なりに決着をつけないと、家族との関係も変わらないし、本当の意味で自分が「女性として社会にいる」という立ち位置も変わらない。そしてそこが変わると、結構いろいろ変わるのではないかと、我がことに置き換えてしまったんですよね。それがこのテーマへの出発点です。

確かに、貧富に関係なく個々の女性がそれぞれ秘めてるものや、超えられずに諦めてるものというのは、大なり小なりどんな方にもあると思います。社会的バイアスであったり、パートナーだったり……

パートナーどころか、実はもはや誰も求めていないのに「自分自身で勝手に縛りを作っている」というものもありますね。

それから女性の観点だけでなく、合わせ鏡のように男性に期待される社会的役割があって、それによってつらい気持ちになって、しかも女性より表現しづらいっていう状況があると思うんです。「男性も女性も共にだいぶ楽になったよね」という世の中になったらという願いはあります。

手始めにこういう事をしてみようとか、具体的に何か考えていたりするのですか?

まだ全然これから。こうやって言葉にして人に言えるようになったのも最近の話です。でもこうやって言うと皆さんいろいろ教えてくださるから、この先どのようになっていくか楽しみですね。