【インタビュー】ギークス株式会社/佐久間大輔氏 - IPOはより良い会社作りの近道。その先にある企業の存在価値と未来を創造するCFOの姿とは。(2/3ページ) - Widge Media

【インタビュー】ギークス株式会社/佐久間大輔氏 - IPOはより良い会社作りの近道。その先にある企業の存在価値と未来を創造するCFOの姿とは。(2/3ページ)

記事紹介

2019年に東証マザーズに上場し、2020年には東証1部に市場変更を果たしたギークス株式会社。現在は、プライム市場へのステップアップも終え、2025年には売上高100億円を目指して、まさに躍進中。そんなギークスのIPOの立役者であるCFOの佐久間大輔氏。安定した事業運営や社内の一体感の醸成など、「より良い会社」として必要なものをIPOの準備過程で作り上げ、「IPOはメリットしかない」と語る佐久間氏にお話を伺った。
※インタビュアー/株式会社Widge 利根沙和

危ぶまれるIPO…大きな戦略変更を敢行し、予実精度を上げる

VC時代のネットワークを活かされたとはいえ、スムーズかつスピーディーな資金調達ですね!佐久間さんならではのご実績だと思います。IPOについてはご経験がないながらも、全体的にスマートに進められたという印象ですが、ご苦労された点や想定外だったことはありますか。

ゲーム事業で予実の管理に苦労して、ゲーム事業自体の大きな戦略変更に至ったことですね。ゲーム事業には、パブリッシャー(販売)とディベロッパー(開発)がありますが、当初、我々はアップサイドを取りにいくためにも、パブリッシャーとしての立ち位置で取り組んでいました。自分たちでゲームコンテンツを開発するだけでなく、それをAppleやGoogleのストアで販売し、プロモーションまでしていたのです。しかし、販促に費用をかけても、開発したゲームがヒットするかしないかによって、収益が大きく変動することに悩まされていました。実際、2016年~17年頃にかけて、予算と実績が大きく乖離してしまったんです。

IPOの審査では高い予実の精度が要求されますが、パブリッシャーとしてのゲーム事業は性質上どうしても読みが外れてしまう可能性はゼロになりませんね…。

そうなんです。このままではIPOの要件を満たす基準が保てないかもしれないという危機を迎えました。そこでパブリッシャーからディベロッパーへの戦略変更です。大手ゲーム会社と協業し、当社はゲームの企画・開発・運営のみを請け負うようにしました。ディベロッパーに特化することで、ゲームの売上に関係なく、事前に定められたスケジュール通りに開発費を得ることができ、スマホゲームにしたことで運営後も安定的な売り上げを読みやすくなる仕組みに。ハイリスク・ハイリターンから、ローリスク・ミドルリターンのビジネスモデルへの転換を図った結果、予実の精度が上がり、事業も安定するようになりました。

非常に大きな戦略変更ですが、IPOスケジュールには影響はなかったのでしょうか。

この大きな戦略変更自体は、半年から1年という短期間で行いましたが、これによってIPOの申請時期は2年ほど後ろにずれ込むことになりました。2017年が直前期の予定でしたが、その2017年に戦略変更をしたため、2018年を直前期、2019年を申請期にと変更しました。しかし、この戦略変更後はゲーム事業が安定し、予実もぶれなくなりましたので、その後に設定したIPOスケジュールは一日たりとも遅れることなく、結果的にスムーズに進めることができました。

IPOを目指される中で大変大きな判断をされたのですね。確実なIPO達成のみならず、御社の永続的な安定性と言う点でも、この転換は大きかったのではないでしょうか。

ゲーム事業の戦略変更を短期間で行ったので、ゲーム事業に関わってきた社員には葛藤もあったと思います。ゲームを作る側からすると、お客様から請け負ったものを作るのではなく、自分たちが作ったゲームを世の中に出していきたいという気持ちはあるでしょうし、既にパブリッシャーとしての成功体験もありましたから尚更ですね。非常に難しい判断ではありましたが、結果的には業績が向上したこともあり、現在もその戦略を引き継いで続けています。戦略変更で苦労はしましたが、結果、良い形となって現在に至っているので、やって良かったと感じていますね。

社長・IPOチーム・各事業本部長との一体感

事業部サイドの方々を上手に巻き込まれて、丁寧にIPO準備を進められてきたからこその理解や協力もあったのではないかと思います。IPOを振り返られて、他には何か印象的なエピソードはありますか。

IPOというと、証券会社や東証の審査で膨大な質問が来て、何日も徹夜して対応するという話を事前によく聞いていたので、かなり身構えていたんです。でも実際には、短い期間で回答やヒアリングをしなければならない大変さはあるものの、徹夜をするようなことはなく乗り切ることができました。ただ、IPOを目前に控えた2018年の年末に、東証の審査質問がいきなりドサッときた時があり、大量の質問の回答を年始には返さないといけない。これはもうタイミング的に、正月返上とならざるを得なくなりました。社長をはじめ、IPOチームのメンバーが年始早々から出社して、ディスカッションを繰り返したことを覚えています。

それはお正月どころではなかったですね。でも大変ながらも良き思い出という感じでしょうか。

そうですね(笑)。ただ、ちょうどその頃にゲーム事業の予算構成についても変更する必要性を指摘されてしまいました。審査の大量な質問対応をしている中での予算変更で、かなりパワーがかかってしまうので、何とか回避できないか模索もしたのですが、先々を考えこのタイミングでしっかりと対応することに。この時も事業部側にも数字の組み直しの協力をしてもらい乗り切れましたね。

タイトなスケジュールの中で社内外の協力を得ながらチームを動かしていくのは難しさもあると思います。IPO準備を進める中で大切にされていたことや御社ならではの強みがあれば教えてください。

IPOを進めていく中で大事なポイントのひとつとして、IPOプロジェクトのトップである社長が、最初から最後までしっかり関わっていてくれたことが挙げられると思います。すべての審査質問の回答を社長とディスカッションしてから作っていたので、審査で行われる社長インタビューの回答と、私たちが用意し提出した回答に全く齟齬がなく、一貫性がありました。このことは、IPOのスケジュールが1日たりとも遅れずに達成できた勝因のひとつでもあると思っています。そして、やはり当社の場合はチーム力です。IPOチームメンバー、各事業部の本部長がそれぞれ責任感をもってやり切ってくれました。そのようなメンバーが揃っていたことが大きいと思います。

そのチームワークの土壌というのは、どのようにして作られていったのでしょうか。

やはり、社長が現場に任せきりにせず、常に一緒に関わってくれたことに尽きると思います。社長は、すでに1度上場を経験しています。上場した企業のあるべき姿を既に知った上で、今何をすべきなのかが分かっていました。その高い意識をメンバーにも共有してくれていたことは大きかったですね。

御社が社内でIPOの意識を共有するということを大切にされていたことが、これまでのお話からもうかがえます。

そうですね。IPOチームだけでなく、社内全体にも意識は共有されていたと感じます。というのも、IPOのミーティングは社長室で行っていたのですが、そこがガラス張りの部屋なのです。ここで、朝から夕方まで2時間も3時間もディスカッションしている姿が他の社員の視界にも入っていたと思います。IPOを目指すにあたり、全社員を集めて「なぜIPOするのか」「IPOしたらどんなメリットがあるのか」「IPOにはどんな準備が必要なのか」といったことをはじめ、「IPO後のストックオプション」などについても説明していましたが、実際に準備が始まると、詳しいスケジュールなどは伝えることができません。そんな中、ガラス越しに準備中の私たちの姿を見て、IPOに向けた動きや雰囲気は感じ取ってくれていたと思います。IPOを達成した時には社員みんなで喜びを分かちあうことができました。