【インタビュー】株式会社タイミー/取締役CFO 八木智昭氏 ― スタートアップの常識を覆すファイナンス戦略と前倒しの組織作り(1/2ページ)
2024年7月に東証グロースへ上場を果たした株式会社タイミー。公開時時価総額は約1380億円と大型上場で、売り出し株式の約8割は海外投資家向けでグローバルオファリングとしても注目を集めた同社。上場前の2022年には183億円、2023年には130億円とスタートアップでは珍しいデットファイナンスでの大型調達も実現。これらを牽引した取締役CFOの八木智昭氏にIPOに至るまでとその後の取り組みについてお話を伺った。
※インタビュアー/株式会社Widge 山岡直登
早速ですが、これまでのご経歴などをお聞かせください。
タイミーを含めて4社経験しています。まず2008年に三菱東京UFJ銀行(現在の三菱UFJ銀行)へ新卒で入行し、6年半ほど法人営業をしていました。その後、三菱UFJモルガン・スタンレー証券へ移り、投資銀行業務に5年ほど従事しました。外資系だったので、海外のクロスボーダーのM&A、IPO、エクイティ・デットのオファリングのエグゼキューションアドバイザー、それらに向けたオリジネーションなどを経験させていただきました。最初は銀行、生損保、ノンバンクのお客様を中心とした金融セクターに、その後TMTセクターを担当しました。そこでスタートアップもカバーさせていただいた経験があったので、スタートアップへ転職し、1年間ほど事業サイドに関わってから、2020年12月にタイミーへ入社をしています。
一般的な投資銀行の方は大手企業の担当が多いですが、TMTセクターでスタートアップに関わりがあったからこそ、スタートアップに馴染めたところはあるのでしょうか。
はい。外資系投資銀行だと誰もが知っている日本を代表する大企業様が担当になりますが、私の場合は上場企業やスタートアップも含めたインターネット・SaaS系のハイグロース銘柄を主にカバーするチームの立ち上げ時に丁度ジョインして、それらのお客様を担当していました。SaaSで上場して話題になった企業様のプロジェクトにも関わっていましたし、そうした領域にフォーカスしていたので、スタートアップにはすごく馴染みがありました。
Tech系のファイナンスの知見が豊富ですとスタートアップ側も心強いですよね。
大企業とスタートアップだと物の見方が違います。仮に赤字でも成長していれば評価されるものとか、そのあたりをある程度学べたことはとても良かったと思います。
株式会社タイミー 取締役CFO 八木智昭氏
様々なオファーがあったと思いますが、なぜタイミーさんを選ばれたのですか。
二つあります。一つ目は、コロナ禍で働けなくなった方々にタイミーが「働くインフラ」として様々な仕事の機会を提供していたことです。当時コロナ禍だったので、飲食業で働いていた方が、時短営業や休業を余儀なくされ、やむを得ず解雇される方が多く、働けなくなってしまった方がタイミーを通じて他の仕事に就かれていて、すごいインフラになるという印象を受けました。そもそも「働く」という定義がこれまで大きく変わっていなかった中で、新しい働き方を提唱できるプラットフォームになれるという期待感がありました。
二つ目は、働き手に想いが向いているということです。証券会社時代にHR系の会社様を様々見てきましたが、総じて企業様にベクトルが向いていると思います。構造的に企業様に色々なサービスを提供して企業様からお金をいただくビジネスモデルではありますが、一方で人手不足と言いつつも、企業様が面接をして良い人を厳選したいというところが全く嚙み合っていません。本来、人手不足であれば、企業様が逆に「うちに来てください」とお願いしに行かなければいけないぐらいの状況だと思うので、需要と供給のバランスが大切です。しかし労働人口が減って「人手不足」になっていく市場と、「人手余剰」だった時から企業様向けに提供してきたサービスという不一致が起きていると思っています。
タイミーでは面接や履歴書提出はなく、「働き手が、働きたい時間に、働きたい場所で、働きたい仕事をすぐにできる」といった働き手にすごく寄っているサービスなので、まさに今後労働人口が減っていき、人手不足がより深刻化する中で、働き手の方が一番スポットライトをあびるサービスになると感じました。
まさに事業のポテンシャルの高さですよね。八木さんがジョインされた時のタイミーさんは売上などどういった状況だったのでしょうか。
選考を受けていたのが2020年夏頃でしたが、当時タイミーの売上はその年の春頃から下がっていて一番のボトムくらいだったと思います。2020年はまさにコロナがあって、主なお客様である飲食業界全体がへこんで、当社の売上がどんどん減っていくタイミングでした。普通はものすごく成長しているスタートアップに転職するのが一般的だと思いますが、当時のタイミーは逆でそこは全くあてはまりませんでした。
飲食業や関連する業界全体がダメージを受けていましたからね…。売上がボトムだったにも関わらず、魅力を感じられたのですね。経営陣との相性はいかがでしたか。
代表の小川とは一回りくらい年が違います。2020年当時、私が35歳、代表の小川は23歳でした。私自身年齢はあまり気にしませんが、スタートアップで一回り下の方がたくさんいて多少躊躇はありました。ただ、本当にタイミーを日本中に展開していくという熱い想い、ビジョンを掲げていて、ジョインしたいと思いました。
タイミーさんが上場を目指すきっかけ、準備を開始された時期などお伺いできますか。
「インフラ」になっていくという点では、透明性があり、皆さんがアクセスできるようなプラットフォームにしなければならないということで、未上場よりも上場してステークホルダーの皆さんにきちんと認知してもらえるようなサービスになることも目的としてありました。ですから、IPO準備ということでは2019年くらいから着手していました。
では八木さんが入社した時はIPO準備でいうとどのあたりのフェーズでしたか。
当初は早期上場を目指しており、私が入社したタイミングではフェーズとしては結構進んでいたと思います。しかし、入社して蓋をあけてみたら、正直なところ、ちゃんと進んでいたという状況ではありませんでした(笑)。
スタートアップあるあるですよね(笑)。
IPO準備のタスクを担当で割り振りしていまして、CFOが入社したら開始という項目が結構ありました(笑)。10月決算で、10月にCFOが入ると前に進めるというものが多く、私がオファーをいただいて、受諾したのが2020年10月でした。
当時のコーポレート組織はどのような体制だったのでしょうか。
人事を除くとコーポレートで2~3名規模だったと思います。私が入った月に1人産休に入るということで実質2~3人で始まりました。上場準備はやらなければならないし、そこは関係なくコーポレート組織を作る必要性があったので、メンバーだけではなくマネージャー層も含めて、まずは採用をしっかりやっていこうという温度感でした。
そこからどういったポジション、メンバーを採用されたのでしょうか。
私が2020年12月に入社した同じ月に、法務責任者として弁護士有資格者が入社しています。上場準備はもちろんですが、やはり経理財務まわりの守りの部分をしっかりやっていただける方をということで翌年2021年4月に会計士有資格者を採用しています。次の段階でメンバークラスの採用を増やしてきましたので、経理・財務・法務領域でいうと、2020年には2名、2021年末頃には8名、2022年には15名ほどとメンバー層を増やして組織を強化してきました。
メンバーが増えた2021年はIPO準備フェーズでいくとどのあたりでしたか。
当初のスケジュールでいうとN-1ですね。
今現在のコーポレート組織はどれくらいの規模感ですか。
経理・財務・法務・IRで、一部アルバイトの方を含めて、30名弱です。
ご入社以降、上場されるまでのCFOとしての八木さんのミッションについても教えてください。
基本的にはファイナンス戦略(資本政策、資金調達戦略含め)をきちんと組み立てるというミッションがありました。入社してすぐに「資金繰りが厳しい…」というお話があって、上場準備はもちろんでしたが、それ以前にファイナンスまわりが急務という状況でした。2020年夏頃にシリーズCで資金調達をしているのですが、ちょうどまさにコロナ禍で売上が厳しかった時だったので、調達はできたものの、必要な額が取れたわけでもなく、その金額だけだとこのくらいしか持たない、という話を入社して初めて知らされまして…。
それは大変でしたね。
入社した12月からファイナンス戦略をたてて実行していく必要があるということですぐに取り掛かりました。2021年9月にシリーズDでデットを含めて53億円調達したのですが、入社時から大きなミッションとしてやっていたところです。上場準備もしっかり遅れなくやることに加え、ファイナンスもしっかりやると。あとは2022年、2023年にデットで資金調達をしましたが、そのデットの仕込みということでは2021年の当初からずっとやっていました。2021年のシリーズDが終わった後からファイナンスやコーポレートを管掌しつつも、それ以外の領域でも管掌が増えていきました。
どのように管掌範囲が広がったのでしょうか。
2022年からカスタマーサポートの管掌もさせていただいています。あと、入社当初はアライアンスまわりも他の取締役と一緒にやっていましたし、一部営業の企画管理のところもやりました。その都度、経営で対応すべき部署みたいなところに入って管掌させていただいてといった状況でした。
ありがとうございます。上場に向けたファイナンス戦略で、タイミーさんならではの意識されていたことがあれば教えてください。
証券会社時代にたくさんスタートアップを見てきましたが、比較してもタイミーの成長率はものすごく高かったです。そのためファイナンスを前倒して動かないと成長を止めてしまうという危機感がありました。やはりファイナンスが少しでも遅れたり、必要な額が取れなかったりすると成長がストップしてしまう、ペースが落ちてしまうというリスクがあると思います。前倒しでいろんな手を打って資金調達をした上で、むしろ成長を後押しするように心がけていました。どのくらい資金があればどのくらい成長率を作れるかといった発想です。
スタートアップとしては珍しく、デットで大型の資金調達も実行されていますよね。
一般的に投資銀行出身のCFOはエクイティがとても得意で慣れている方が多くいらっしゃいます。一方、スタートアップだと銀行からの借り入れはできないというのが定説で、デットという考えにはなりにくかったと思います。私自身は銀行・証券の両方を経験していたため、自ら能動的に進めることができました。タイミー自体、資金需要がかなりあったので経験を活かすことができたと思います。
成長率が高いタイミーさんだと他のスタートアップと比較して、より資金調達はしやすい環境だったのでしょうか。
当時は相当赤字を出していましたし、スキマバイトという新しいビジネスモデルでしたので、「面白いけど今後はどうなるの?」「本当に数字として結果は出るの?」という懐疑的な見方を結構されていたと思います。
そのような中、あれだけ大型の資金調達をやり遂げたのは八木さんのお力ですよね。他にも意識されていたことはありますか。
資本政策に関して、エクイティとデットとセカンダリーを全部やったことでしょうか。2021年9月にエクイティファイナンスを実行し、その後にセカンダリーで既存の株主さんから海外の機関投資家さんに譲渡して、その後はデットの1回目・2回目、そして最後にまたセカンダリーで既存の株主さんから物流企業さんへの譲渡という流れです。今は他の企業でもセカンダリーを織り交ぜてラウンドを作る動きが出てきましたが、当時はほとんどセカンダリーをやっている会社は無かったと思います。
確かに、あまり聞いたことがありません。
一般的にセカンダリーはあまりなかったでしょうし、あったとしても良くないパターンで実行されることが多かったので皆さん開示していなかったと思います。最初のセカンダリーは、海外の機関投資家さんに入っていただきたいという考えがあり、意図的に株主構成を変えるために実施しました。資本と負債といったエクイティとデットの割合も理想があったので、目指している資本構成や株主構成に近づけるため、エクイティ・デット・セカンダリーというトランザクションを毎年やりました。
エクイティ・デット・セカンダリーを毎年…それはタイミーさんならではですね。
先程も申し上げましたが、何かが起きてそれをやるためのファイナンスではなく、上場時までに…3年後までに…5年後までに…こういうことをやりたいから、それをするためにはこれをやって…といった逆算をしてアクションプランを出すことが大切だと考えています。