【インタビュー】株式会社ispace/野﨑 順平氏 ― 前例が無い常識外の挑戦。CFOとして忍耐強く推し進めることの大切さとは。(3/3ページ)
2023年4月、東証グロース市場へ宇宙事業で国内初となる上場を果たした株式会社ispace。2017年には宇宙分野のシリーズAとして世界過去最高額となる103.5億円の調達を実施。また、資金調達や予算確保の難易度が高い宇宙事業において、継続性の高いビジネスモデルを実現し、今なお新たな挑戦に取り組む同社の取締役CFOの野﨑順平氏に、IPOに至るまでとその後の取り組みについてお話を伺った。
※インタビュアー/株式会社Widge 代表取締役 柳橋貴之
上場承認がおりた際の率直なお気持ち、今振り返られてみてどうでしたか。
安心したというのが一番だったかもしれないです。もちろん嬉しい思いもありましたが、当然、ゴール感は全くありませんでしたね。結局、「何のための上場か」というと、その後に資金調達を行っていくための土台作りなので。本当はランダー(月着陸船)を打ち上げる前に上場しようとしていたのですが、上場の時点で既にランダーを打ち上げていて、打ち上げと着陸の間という、だいぶ微妙なタイミングになってしまっていました。「なぜそこを狙ったのですか?」とよく言われるのですが、全くそんなことはなくて、本当は打ち上げ前の予定であったことが、結果的に着陸直前になってしまったという流れです。
正直、会社としても不安定な状態での上場でしたし、今後も継続的に資金が必要なことは分かっていましたので、まずはMission前に上場ができて、安心したという思いはありました。
反響も大きかったのではないでしょうか。
そうですね。株主の方々はもちろん、本当に多くの方々に応援いただきました。社員に対しても、自分たちの将来のMissionを実現するために資金調達が必要で、だから上場が必要なんだという話をしながら協力を求めてきたので、実際に上場することができて安心したメンバーも多かったと思います。東証の方々にもだいぶ好意的に見ていただいていたので、上場をした時はとても喜んでいただきましたね。
先ほどのファイナンスのお話からしても、株主さんの応援はとても熱かったわけですね。
そうですね。やはり「日本に新しい産業を創る」ということがキーだったので。日本には、世界をリードしている自動車産業がありますよね。自動車メーカーの裾野は広く、関連する二次産業、三次産業にものすごく日本の力が集まっています。話によると、日本のものすごく多くの労働人口が広くかかわっていることになるそうです。自動車産業が電動化やサービス化で大きく変容する中で、国力維持のためにはその労働人口を別の産業に切り替える必要があり、宇宙はその一つの可能性になりうると思います。そういう可能性を秘めている事業ですし、次世代の産業を担えると。
たしかに、日本における次世代の産業になり得ますよね。
はい。あとは、もともとが新しい産業であって、既存の産業を壊しにいくわけでもないので、そういった意味でも反発は無かったですし、抵抗勢力みたいなものもありませんでした。
皆さんが背中を押されていたのがとても分かります。一方、上場審査はだいぶ厳しかったのではないですか。
そうですね。非常に厳しかったことは事実です。そういう面では、非常に長い時間をかけて東証ともお話をさせていただきました。最初は「月面産業が事業になるイメージが全く持てない」という状況からのスタートで、「30年後くらいのビジネスでしょう」とも言われました。「いえ、そうではなくて、我々はしっかりと売上を立てていきます」と説明しながら、ご理解を深めていただくようにしていました。
上場の承認がおり、ロードショーに入りますが、いかがでしたでしょうか。
やはり胃が痛い日々でしたね…(笑)。投資家がしっかりとこちらを向いてくれるのか、バリュエーションがどの程度になるのか等々。とにかく日本企業の宇宙産業で前例がなかったため、類似企業も無いので。
たしかにそうですよね。
投資家も、どの程度が適正なバリュエーション水準なのかが分からないんですよね。皆さん迷っていたので。そういう意味では、難しい探り合いを証券会社と一緒に行っていましたし、本当に十分な需要が集まるかどうか心配も大きかったので、同時に半分くらいの額を「親引け」で募集しました。
そうでしたね。
上場であれだけの割合の親引けをつくるのは初めてでしたし、VCが親引けに参加するという事例も異例だったと思います。これも常識外のことでしたが、証券会社も分からない中で、やはり先ほどの「Go Beyond Convention」の精神で「これまでと異なるIPOで良いんだ」ということで実現しました。
上場後の野崎さんの役割に変化はありましたか。
ファイナンスや経理などメンバーが増えたので、任せることも多くなりましたし、組織ができ上がってきているので、私は実務から離れて、より全体を見ることにシフトしてきています。上場前から行っていたことではありますが、当然さらに予実の精度を上げなければいけないですとか、リーガルの感度をもっと上げていくなど、意識しなければならないことは増えましたね。
それと、上場後に明確に変えたことが三つあります。一つは、「IRとPRの融合」をテーマに、コミュニケーション(PR)のメンバーを私のもとに異動しました。もともとコミュニケーションは別の部署でしたが、会社としてはIRであれPRであれ、それが株の投資を通してなのか、メディアを通してなのかだけの違いですよね。会社を応援していただける方々に対して、ベストなタイミングでしっかりと情報を出していくということは全く一緒なので、ここの動きの無駄をなくす必要を感じたので、リンクさせることにしました。
IRとPRの融合は、たしかにおっしゃる通りですね。
二つ目は「新しい情報管理体制」です。今お話した一つ目とも関係しますが、上場をすると「適時開示の体制」、「発信の仕方」、「内部の情報管理」等をとても意識しなければなりません。インサイダー情報なども含めて、この辺りはだいぶマインドシェアを取られていて大変なところではありますが、しっかりと対応をしなければいけないと思っています。
まさに、とても大切なことですね。
三つ目は、組織体制をバーチャルに(疑似的な)ホールディングスに変えたということですね。グローバル3拠点で売上を作っているのですが、それぞれが独立しているわけではなく、だいぶ横同志のインタラクションが多いので、日本法人の役割をバーチャルにホールディングスとオペレーションに分けて、ホールディングスの立場で地域拠点ごとの3社を見るという組織体制に変えました。「日本の会社の下にアメリカとルクセンブルクの子会社がある」ということではダメなんですよね。 全て日本優先のマインドで考えてしまいますから。グローバルでベストな状態を作るには、日本とアメリカとルクセンブルクが並列になってそれぞれ判断していく必要があります。そのうえで、経営の立場はそれを客観的に判断していかなければならないので、現在のような体制に変えました。
各拠点を並列にし、ホールディングスの立場で管理を行っているということですね。
はい。なので、私自身も、ホールディングスの立場で売上のベストの形をつくることや、経営管理の調整をするという役割が新たに入ってきたので、そういった変化は起きていますね。
常に柔軟に変化をしながら、しっかりと強固な組織になってきているような印象がありますね。
それは間違いないと思います。
IR戦略に関して、お聞かせいただけないでしょうか。
当社の場合、株主数は6万人を超えていて、個人投資家さんに非常に多くお持ちいただいています。これは本当にありがたいことだと思っています。今は結果を出す前のタイミングなので、どうしてもなかなか言えることも少なく、大変恐縮ながら、株価のパフォーマンスとしては苦労している面もあります。その中でも、様々な機会を通じて、私や袴田(CEO)が話をする機会をなるべく増やしたいということは意識的に取り組んでいます。
加えて、これは株主優待という表現になってしまいますが、一定の株数以上の方には、弊社のイベントにご招待させていただき、株主の方にも、ファンとして、チームとして、一緒にこのMissionを作っているのだと感じていただけたらと思っています。
素敵ですね。株主の方々も一つのチームとしてということですね。
そうですね。皆さんと一緒に実現できたらと思っていますので。一方、ロングタームで考えると、優良な機関投資家の方々の比率ももっと上げていかなければと思っているため、その活動も、全く異なるアングルから粛々と進めています。
グローバルで有力な機関投資家は、御社に対してどのような見方をされているのですか。
投資家さんによってだいぶ異なりますね。宇宙と月に対してとても可能性を感じられている方々は入れてくださっていますし、まだ不確定すぎて入れられないという方々も当然いらっしゃいます。特にロングタームの投資家さんにはもっと入っていただきたいと考えているため、その動きも行なっている状況です。
ありがとうございます。ここまで御社がファイナンス戦略、IPO戦略という面で切り拓いてこられた道は大きいと思います。
とんでもないです。まだまだ本当に挑戦中です。株価という評点がついてしまう中、様々な方の気持ちで支えていただいているのは事実です。 昔はプライベート投資でしたが、今は株主が6万人に増えています。我々が一人一人の想いをお預かりしているわけですよね。当然厳しいお言葉を頂戴することもあり、それに対してお返しすることができないもどかしさも強いのですが、そういった方々に支えられているのも事実なので、なんとか頑張っていかなければいけないという気持ちを常に持っています。
先ほど、「株主の方もチームとして」というお話がありましたが、きっと、野崎さんのその誠実なお気持ちは届いているように思います。
ありがとうございます。精一杯お応えしなければと思っていますので。
最後に、上場をお考えのスタートアップの方々に、なにかメッセージをいただけたらと思いますが、いかがでしょうか。
自分自身のことに精一杯で、なかなか言えることもないんですよね…(笑)。
野崎さんらしいです(笑)。スタートアップはなかなかうまくいかないケースも多いですし、それこそ上場できない会社も多いと聞きます。
そうですよね。我々のMission2は、RESILIENCE(レジリエンス)というランダーで「再起」とか「回復」ローバーの名前がTENACIOUS(テネシアス)で、いわゆる「忍耐」です。これは計らずも、会社の状態を表しているのだろうなと思っていて、結局そんなにうまくはいかないですよね。とにかく「粘り強く踏ん張る」ということだけだと思っています。
お話を伺う中で、ぶれない信念を持ち、愚直に前へ前へと着実に進んでこられていることが伝わってきました。そして何よりも、会社・ビジネスに対して強くコミットされていますよね。
それは、おっしゃる通りですね。絶対に揺るぎない思いがあります。その分、なんとかという思いで、精一杯頑張っていますので。
素晴らしいです。本日は貴重なお話を誠にありがとうございました。
こちらこそ、ありがとうございました。