NRIワークプレイスサービス株式会社 代表取締役社長(株式会社野村総合研究所 執行役員) 村上 勝俊 氏(2/2ページ)

日本初の民間総合シンクタンクとして創業し、日本有数のコンサルティングとITソリューションを手掛ける株式会社野村総合研究所(略称:NRI)。同社執行役員、およびNRIグループのシェアードサービスを手掛けるNRIワークプレイスサービス株式会社の代表取締役社長を務める村上勝俊氏にこれまでのキャリアストーリーを伺った。
※インタビュアー/株式会社Widge 代表取締役 柳橋 貴之
IRも担われていたのでしょうか。
IR専門の課が隣にありまして、そもそも部長は同じなので、IR向け資料を作成したり、実際にIRに同行したりすることも当然ながらありました。投資家がどう見ているのかなど、肌感で経験できたので、とても良い機会を与えてもらえたと思っています。
その後の役割の変遷もお伺いできたら嬉しいです。
その後は、経理財務部長としてアカウンティングやファイナンス全体を統括する立場になりました。
何名くらいの組織だったのでしょうか?
最終的には40名程度の組織をマネジメントしていました。
その当時、マネジメントという面で、心掛けていたことなどあれば、教えてください。
事業の成長に合わせてスタッフを拡充する必要に迫られていたので、キャリア採用には注力していました。ちょうど『経営財務』や『Accountant's magazine』といった専門誌に組織内会計士のはしりとして取り上げていただき、キャリア採用の加速につながったことを覚えています。また、キャリア採用などで入ってくる会計士などの専門家に対してNRIグループの事業を知ってもらうためのローテーションなどの機会付与も心掛けました。
しばらく経理財務部門を管掌されていたのでしょうか。
6年ほどでしたね。その後、事業部門の業務管理室という現場へ1年戻る機会を与えていただきました。
このタイミングで、改めて現場に戻られるのですね。
はい。業務管理室は、いわゆる現場の総務部隊のような立場なので、何かしらの催しがあれば、その手配や運営など、多くのことに携わります。私自身も、若手と一緒に混ざって、500名の社員旅行を仕切ったり、冠婚葬祭に出向くなど、とにかく何でもやりました。こうした経験も後々の糧になっています。
本社で長年経験を積まれた後に現場へ異動されて、見える景色もまた違ったのではないですか。
以前現場にいた頃とは結構変わっていましたからね。それこそ、統制された大きな会社、立派な会社になったなと感じました。その一方で、昔と変わらず優秀な社員が自由闊達に頑張っているなという面も垣間見えましたので、良いものを残しつつ、しっかりと進化している環境を誇りに思いましたね。
素晴らしいカルチャーですね。現場に1年だけ異動というのは、当初から決定していたことだったのでしょうか。
後から考えると、翌年にすぐ本社の役員に就任したので、タフアサインメントといいますか、新しい視点でもう一度事業を見る機会を与えてくれたのかなと思います。
そういうことだったのですね。役員になられてからはどういったミッションを担っておられたのですか。
役員として総合企画センターと呼ばれる企画部門の担当になり、現在の会長である此本(臣吾氏)のサポートにつきました。当時此本は専務でしたが、此本が取り扱うすべてにおいて関わるような立場になりました。

大変そうなお立場ですね。
本社にいた頃から、役員対応は大変そうだな…という目で企画部門を見ていたので、まさかそれを自分がやることになるとは思ってもみませんでしたね(笑)。
心に残っているお仕事はありますか。
此本を中心に「V2022(Vision2022)」という中期ビジョンを策定していたのですが、これを具現化するため、サポート事務局のヘッドとして様々なことに取り組んだことです。数年に一度の中期ビジョンを作っていく過程に参加できたのは本当に貴重な経験でした。此本も専務から社長になり、社長就任1年目まで一緒にやらせてもらったので、経営目線で事業を見る感覚が養われましたね。
その後はどのような職責を担っておられたのですか。
本社の経理・財務、業務・調達といったもともとの業務の副担当と事業部と本社の横串組織であるカイゼン委員会の委員長というポジションです。あらゆる現場のニーズを受け止めて本社の改革に挑んでいくという業務だったので、これも私のキャリアの中では転機になりました。
職務範囲は相当広くなってこられたわけですね。
様々なオペレーションに関与することができたので、これまで私自身が関わることのなかった領域も見ることができたのは、とても良かったですね。
その後、現在のお立場にということですね。
そうですね。2020年にNRIワークプレイスサービス株式会社(以下:ワークプレイスサービス)の社長に就任しています。
社長就任当時の心境はいかがでしたか。
ワークプレイスサービスは、もともと、NRIグループ各社の間接業務(人事・会計・給与・労務管理などのバックオフィス業務)を受託する会社としてスタートしています。これは、NRIグループ各社が本業に集中できるよう、間接部門を集約・効率化するための仕組みです。
設立当初はバックオフィス業務の受託や標準化が主目的でしたが、経営環境や働き方の変化の中でオフィスサービスが比重を大きく占めるようになりました。オフィス環境(企画・賃貸契約・設備・維持管理)の提供が事業の主要部分になり、「ワークプレイス(働き方・職場環境)」という役割がより前面に出てきたわけです。私自身、会計やオペレーションに長年携わってきた強みもあったので、その点も活かしながら事業を伸ばせると思いました。
当時の課題などがあれば、伺いたいです。
大きな課題でいうと、当時は社員数が70名弱で、その平均年齢が57歳だったんです。このまま3年経ったら平均年齢が60歳。いわばほとんどが定年を迎えて、会社が存続できなくなってしまう。まずはその組織改革からでしたね。
それは驚きですね…。すぐに若い方の採用にも取り掛かられたのですか。
採用しないといけなかったものの、独自の人事制度も無い状態だったんです。

どのように人事制度を構築されたのですか。
私自らが担わなければと思ったので、全く経験のないメンバーと一緒に、手作りで構築しました。大変でしたがこれも楽しめましたね(笑)。
一緒に人事制度を策定された方も、代え難いご経験になったと思います。
たしかにそうですよね。やれと言われてやる仕事も大事なのですが、事業のために人が必要だから採用をする、採用のためには人事制度が必要だから抜本的に構築する等々、目的が明確だと人はモチベーションが上がりますし、やりがいを持って担ってくれます。
これまでのキャリアの中で、苦しかったこと、大変だったエピソードなどがあれば、お聞かせいただけないでしょうか。
当然長いキャリアなので、大変なこともいろいろありましたが、あえて挙げるのであれば、CB(転換社債型新株予約権付社債)を取り下げた時でしょうか。
ニュース記事としても残っていると思いますが、2009年に、転換社債で500億円を発行すると。これには現金調整型株式強制転換条項を付けていて、この条項が付いたCBは国内で発行した例が無かったんです。まさに日本で初めての取り組みです。
すごい規模のファイナンスですね。
様々なステークホルダーに了承を得る必要があって、すべてを完璧に進めていたつもりだったのですが、外向けにリリースをした後、一つのミスが発覚したんです。これだけやってきたのにこんなミスが見つかるのかと。皆で対策を練って何とかしようと進めてみたものの、結果的には難しく、中止せざるを得ませんでした。
社内外の関係者にはもうとにかく平謝りをするしかなかったのですが、特に担当者同士では「全力を尽くしたんだから」ということで、戦友のような信頼関係を築けた、ということがありましたね。
ステークホルダーとも信頼関係を築いてこられたからこそですね。
日本で初めてのことを様々な方々と進められたことは非常にありがたかったです。とても苦しかったですけれど、大きな糧になりました。
村上さんが仕事を取り組むうえで大切にされていることはありますか。
何よりも「事業を伸ばすため」という考えが大切だと思っています。私が長くコーポレート部門側にいた立場だからこそだと思いますが、しっかりとしたルールをたくさん作り、きちんとルールを守ってもらうとします。ただ、それで事業がシュリンクしてしまったら何の意味もありません。あくまで「事業を伸ばすために何ができるか」ということが大前提になければいけないと思っています。
「コーポレート部門の業務も、あくまで事業をドライブさせるためにある」という思いが強いのですね。
はい。その思いは以前から根底にあります。
あともう一つ。これはメンバーにもお願いしていることなのですが、失敗するほどのチャレンジをする、高い目標を掲げて頑張るということです。少し言われたからできること、ハードルを下げて95%でできるという仕事に取り込むのではなく、失敗するかもしれない高い目標に向けて頑張るべきですし、なんならそれを楽しみたいですよね。

御社の社員の皆さんは大変優秀な方々なので、そもそも失敗しなさそうなイメージもありますが、あえて「失敗しても良いからチャレンジしよう」というお声がけをされていらっしゃるということですね。
私も散々失敗をしています。それはチャレンジをしているからこそであって、その失敗がやはり糧になるんですよね。
ストレッチしてチャレンジをしていく。その取り組みが会社全体で見てもプラスになっていたのではないかと思っています。地道な目標で取り組むよりも、失敗するくらいの目標で頑張ったほうが組織としても成長しますから。
素晴らしいですね。マネジメントや育成の場面でこの辺りを大切にされているのですね。
はい。よく話をしているのは、手上げ制といいますか、自分でやりたい仕事を積極的にやってもらいたいと思っています。やらされる仕事より、やりたい仕事。やりたいと言えばアサインしますと。但し、いつも自己研鑽を怠らないでほしいとも伝えています。アサインされてから勉強しますというのは通用しません。たとえば「勉強はしているので(実践はまだですが)やれると思います」と手を挙げてくれれば、アサインします。
先程も申し上げた通り、高い目標が大事だと思っているので、機会付与のために高い目標にアサインしていく。マネジメントにおいてもこれを大切にしています。
なるほど。他にも何かございますか。
NRIグループには、「Mutual Respect」、つまり「相互尊重」という、とても大切にしている考え方があります。企業理念に明文化されているわけではありませんが、私にとっては最も重要な理念だと思っています。元社長・嶋本正が提唱した言葉で、「厳しい競争の中でハードワークが求められるが、その根底には『相互尊重』、『Mutual Respect』があることが大事だ」とずっと言い続けていました。
後に、Googleが「成果を出す組織に共通するKPIは心理的安全性である」というレポートを発表しましたが、弊社はそれをもっと前から実践しているぞと感じましたね。
NRIグループはプロフェッショナルファームとしてレベルの高い成果主義の中でやっていますが、この「相互尊重」が根底にあるんです。心理的安全性とは、チャレンジが難しい時期、例えば、子育てや介護で仕事をセーブしなければならない時や、職場を長期離脱せざるを得ない状況でも、本人の事情に寄り添い、配慮できるということが大事なんだと思います。
素敵な考えですね。社員の方々も安心して仕事に取り組めると思います。
そうですね。同時に、マネジメントサイドも奢ることなく、いつも社員からのフィードバックは真摯に受け止めなければいけないなと思っています。

さすがです。今後のビジョンや目標について教えていただけると嬉しいです。
ワークプレイスとしては、シェアードサービスを更に展開し、単体ではなく、NRIグループ全体の成長に貢献していかなければと思っています。
大きなテーマですね。
ワークプレイスサービスとの窓口は、その会社の管理担当役員や総務部長の方々になります。ただ、実際にサービスを利用いただいているのは、現場の従業員の方々なので、その方々をしっかり見て、その方々の満足度が高まるようなサービスを提供していこうと。それがグループの成長、事業の成長に資することだと思うので、この辺りはとても大切にしています。
あとは、サービスの特性上、どうしてもコスト削減やコンプライアンスが優先という視点が入ってしまいます。これは当然の理解としてあるものの、時には「これを実施したとして、本当に御社の事業のためになりますか?」という話をすることもあります。我々は、その会社と一緒に事業をサポートするシェアードサービスでなければいけないと思っているので。
ご自身の大切にされているお考えも含んでいらっしゃるのですね。個人の目標としても何かございますか。
個人としてはなかなか難しいところですね(笑)。振り返れば、私は最初に選択した会社で転職せずに35年ほど勤めてきました。いまは、私が何かを成し遂げるということではなく、私が構築した組織、育ててきた事業が、良いかたちで続いていくような貢献ができればと思っています。
ワークプレイスという会社が良くなり、NRIの本社部門が良くなり、NRIグループ全体の成長が続くこと、これが一番の目標でしょうか。
グループ全体の成長を願っていらっしゃるお気持ち、非常に伝わって参りました。本日は貴重なお話をありがとうございました。
こちらこそありがとうございました。
