【インタビュー】株式会社ディー・エヌ・エー/小林賢治氏 - コーポレート部門は”ブースター”。いかに事業部門のエネルギーを増幅させるか(4/5ページ)
株式会社コーポレイトディレクションの史上最速マネージャー記録を打ち立て、株式会社ディー・エヌ・エー(DeNA)に執行役員ヒューマンリソース本部長として参画。その後、ソーシャルゲーム統括部長、Chief Game Strategy Officerを経て、現在、執行役員経営企画本部長として同社のコーポレート部門を牽引する小林賢治氏のキャリアストーリーを伺った。
※インタビュアー/株式会社Widge 代表取締役 柳橋貴之
CDIさんにご入社後はいかがでしたか?
最初に入った仕事が、社内でも話題になっていたくらい非常に厳しいプロジェクトでして…。新規事業探索系のプロジェクトだったんですが。
クライアントさんはベンチャーですか。
そうですね。素晴らしい会社だったんですけど、なかなかご期待に応えることができなくて、 とはいえ、クライアントからお金を頂いている以上、何らかの形で絶対に結果を出さなければいけないんだという、パートナーの強い矜持があったんですよ。
やっぱり仕事ってこういうものだなって、その背中を見て感じましたね。 お金を頂いているのにもかかわらず「プロジェクトとして良い資料を作成することができませんでした」って終わってしまうのはいかんだろう、と。
入社後すぐですか。
そうですね。最初の2週間くらいは座学の研修があるんですけど、その後すぐですね。 その分、インパクトも大きかったですよ。
自らもだいぶ早いタイミングでマネージャーに昇格されていらっしゃいますよね。
2年半ですね。入社からのスピードでいうと最短でした。
なぜ評価を受けたと分析されていますか?
ん~、難しいですけど、一つ言えるのは、あまり仕事を選んでいなかったから、というのはあるかもしれないですね。 このプロジェクトは好きとか、これは嫌いとか。このプロジェクトならモチベーションが上がるとか、下がるとか。あまりそういうことは無かったですね。
先ほど話にも出しましたけど、どんなプロジェクトでも「ひょっとしたら面白いのでは?」と思っちゃうんですよ。 面白いので、やっぱり頑張るじゃないですか。いろいろ情報も探しに行きますし。「これは他人の仕事だから自分には関係ない」なんて思ったら、一生懸命に情報を探したりはしないですよね。 だから、そういう点はありましたね。「面白いと思うのが得意だった」ということが大きかったんじゃないですかね(笑)。
そこに繋がるわけですね。
そうなんですよ。
マネージャーとしてプロジェクトをリードする立場になるかと思いますが、そこで意識するようになったことなどありますか?
どうやって皆に気持ちよく仕事をしてもらうかということですかね。 はじめ「最後は自分で何とかなるだろう」くらいの気持ちを持ちながらプロジェクト進行の設計をしてしまっていて…。 中間報告の前の日に、100枚くらいのところを10枚くらいしか書いていないんですね。 で、「お前これどうするんだよ」と言われて、「自分だったら残りは書けるかなと思って…」と言ったら、「いや、お前だけでやっているわけじゃないんだぞ」って言われたんですよね。当たり前の話なんですが。
結果的に振り返ると、やはり僕だけでは書けなかったと思うんですよ。皆が助けてくれて、何とか書けたんですけど、その時にはじめて「どうやったら皆に力を貸してもらえるリーダーになれるか」ということを意識するようになりましたね。 大きな転機だったかもしれないです。
CDIさんには何年間いらしたのですか?
丸4年ですね。
最後はどういう意思で退職を?
最後のプロジェクトがDeNAだったんですよね。半年くらい、人事のプロジェクトを一人で進行させていて。プロジェクトというか、飛び込んで常駐に近い形式で進めていたんですよ。 ちょうどモバゲーがヒットしてぐっと伸びた後、やや停滞してしまっていた時期ですね。2008年の後半くらいです。
人事のプロジェクトですか。
組織が急拡大したこともあって、採用面や組織面に様々な課題があったので、そこをどう見直していくかということを、南場、守安ら取締役陣、ならびに2009年から導入することになる執行役員の候補になる人達と詰めていくわけです。
中途採用に関しても、入社する人達のあり方を変えていきましょうと。採用のスタイル・ポリシーを、ガラッと変えにいったんですよ。 ただ、とは言っても、だいぶエグゼキューションの難易度も高いし、これを一体誰がやるんだと…。
そいうなかで、「だったら自分でやれば?君が言い出したんだから。」と(笑)。 確かに出来そうだなって思ったんですよ。全く根拠はないんですけどね。何となく僕なら出来そうだなと。これも直感ですけど。
それでディー・エヌ・エーさんへの参画を決められたのですね。
そうですね。実際に自分でやってみて変えてみようと。 一方、お世話になったCDIのことを考えれば、大きな迷惑をかけることになるんですけどね…。
クライアント先に行くって一般的には嫌がりますからね。
そうですね。ただ、変に回りくどい話をしてもしょうがないと思ったので、全部ありのままを伝えたんですよ。 当時考えていたことを誠意を持っていろいろと話をしたら、許して頂けたかどうかは分からないですけど、最終的に了承は頂けて。 今でもよく思いますけど、やっぱりそういう時は、バカがつくほど正直に言うっていうことは大切だと思うんですよね。
本当にそうですね。 差支えなければ、その時の人事プロジェクトとして進めていたことを少しお聞きできればと思うのですが。
いろいろとありましたけど、たとえば中途採用の一つを挙げるとすると、目先のニーズだけを考えて採用をするのではなく、中長期的な目線での採用に切り替えようと。 変化に強い組織をつくるために、仕事や職種にとらわれないジェネリックな人を採用しようとしましたね。
当時リーマンショックがあったということもあって、コンサルやIBから次々に人が出てきたタイミングだったので、当時はその二つの業界から取った人が少なくなかったですね。コンサルの方のレベルは、同じくコンサルにいたからこそ分かるんですよね。
たしかに同じ業界出身だからこそ分かるレベル感はありますね。
もう一つ挙げるとすると、これは逆に柳橋さんには釈迦に説法ですけど、エージェントがどこに一番カロリーを使っているかということを考えましたね。 エージェント側の経済性から考えた時に、最も工数がかかるのは、「転職を決断させる」ということだと思ったんですよ。
優秀な人ほど簡単には転職しないじゃないですか。現に活躍しているので。で、その方が「よし転職しよう!」という思いに至るまで、結果的に1年半くらい付き合っているとか、結構多い話だと思って。 それで、僕がその人を転職する気にさせたら、エージェントはもっと協力をしてくれるんじゃないかって思ったんですよ。
そうですよね。
コンサルティングファームにいて、いずれ事業会社に行きたいみたいな人がいたとしたら、僕みたいな経歴の人間には一定のシンパシーを感じて頂けるじゃないですか。 DeNAに入るかどうかは別にして「転職したくなる気にはさせますよ」と、いくつかのエージェントに伝えたんですよ。 なので当時、そのような方からの応募に関しては、まず最初に僕が会っていたんですよ。エージェントからも「この方は小林さん枠ですよ」って。
まだ転職までは考えていないと言っても、会いに来るということは、何かしらモヤっとした思いがあるということですよね。 「転職しようと思っているんですか?」 「いや、まだですね。」 「でも何か思うところはあるんですよね?」 みたいな話をしていくと、どんどん話が深まっていって、だいたい皆さん帰る時には「やっぱり転職した方がいいですね」という風になっているんですよ。 その歩留まりが高かったので、エージェントからもどんどんご紹介を頂くようになりましたね。
確かにそうなりますよね。
これって実際正しいです?
一般のエージェントさんであれば、とても有難いことだと思いますし、「まずは小林さんと話してもらって」というような流れにはできると思いますね。
ありがたいですね。それで話をして「やっぱり転職した方がいいですね!」となって、とりあえずDeNAも見てみましょうとなって、入って頂いた人も少なくないです。 なので、いわゆる「面接」の前の「面談」を多くやりましたね。
当時は30歳くらいですよね?
29歳ですね。
年上のコンサル経験者も転職相談に来られていたかと思いますが。
そうですね。だから本当に転職しない方が良いと思える方には、当然そんな話はしませんでしたね。
たしかに。それは大切ですよね。 DeNAさんに入られた際は、どのようなポジションだったのですか?
執行役員ヒューマンリソース本部長ですね。プロジェクトで考えた戦略および戦術のエグゼキューションがミッションだったので。
当時のDeNAさんは何名くらいの組織だったのですか?
500名くらいですね。
実際に事業会社に入ってみていかがでしたでしょうか?コンサルとのギャップもあったのでは?
DeNAに関しては半年前から常駐で入っていたので、そこまでギャップは無かったですかね。常駐している時は若干ありましたけど、それよりも、その前までに担当していたクライアントの方がコンサルとの格差を非常に感じていましたね。本筋でないことに対して非常にカロリーを使うクライアントもいたりしたので。
たとえば「こういう提案をしたい」という際に、思いっきり潰そうとする方がいるんですよ。後々分かったんですが、その方は、その案と同じ内容のものを以前に提案したことがあって、それが通らなかったと。その時に通らなかったことが、コンサルが来て通るようになったら、ばつが悪くなっちゃうわけですね。 そういう理由で潰そうとすると。それって全然本質的でないなって思いましたよ。「それを見て正しいかどうかで判断をして下さいよ!」ってこっちは思うんですけど、そのことに対する説得にとても時間がかかってしまったりとか。 あとは、組織再編の際に、まずは自分のポジションが決まらないと、全然前に進めてくれないカウンターパートの人とか。
そういった会社さんは意外に多いかもしれないですね。
そういった中では、DeNAは、やはり様々なものがゼロベースだなと感じました。
そうですか。そこまで違和感が無かったのですね。
はい。ただ、よくDeNAはコンサルっぽいねと言われるんですけど、コンサルともまた違うんですよ。 南場がマッキンゼー出身だからマッキンゼーみたいな会社かというと、僕の知っているマッキンゼーとは全く違いますね。コンサルとは全然違う会社だと思います。 ただ、最もコンサルが苦労する、先ほどのような会社ともまた全然違うということですね。
なるほどですね。 では小林さんが実際に入られて、業務自体は比較的スムーズに遂行できたということですか。
そうですね。人事部の人達がとても理解のある人達だったということがまずもって大きかったですね。 自分達よりも若いコンサルの人間が入ってきて、急に「HRをこうしましょう!採用プロセスをこうしましょう!」みたいなことを言ってくるわけですよね。 それでも「一緒にそれ変えていきましょう!」みたいに言ってくれて。やっぱりそれは今でも非常に感謝していますね。
そうですか。それもDeNAさんの社風と言いますか、本当に良いお話ですね。 HR本部には何年いらしたのですが?
1年ですね。
1年だけだったのですか。
そうですね。はじめは2年くらいかかるかなと思っていたんですが、まず採用の改革が半年くらいで軌道に乗ったんですよ。 それで、次に人事制度の変更でしたね。
具体的には?
今の制度に繋がる、賞与制度を含めた設計でした。 昔は給与一本だったんですけど、業績が大幅に上がることがある時に、給与制度だけでは対応しきれないんですよね。 変動可能な要素のある賞与制度も含めた2本立てに変えました。 採用と人事制度の変更まで入れて、だいたい2年くらいかかると思っていたんですが、運良く1年くらいで出来上がりましたね。
そうだったのですね。 その後は事業サイドに移られますよね?
そうですね。ちょうどその頃、ソーシャルゲームが急に大きくなって、これはきちんと組織にして誰かが見なければいけないという中で、「そういえば小林はゲーマーだったじゃん」って言われて、「じゃあゲーム見る?」って(笑)。それで「はい、見ます。」みたいな感じで、そこから事業側ですね。