【インタビュー】グリー株式会社/秋山仁氏 - 個人戦からチーム戦へ。チームで戦うために、自らが常に成長し続けたいと思った(2/4ページ) - Widge Media

【インタビュー】グリー株式会社/秋山仁氏 - 個人戦からチーム戦へ。チームで戦うために、自らが常に成長し続けたいと思った(2/4ページ)

記事紹介

メリルリンチ証券・投資銀行部門のディレクターとして活躍をしている中、急成長中のグリー株式会社に出会い参画を決意。その後、会社の環境が大きく変化していく中、経営企画部長、コーポレート本部長、取締役執行役員常務と、重責を担いながら会社を牽引してきた秋山仁氏に、そのキャリアストーリーを伺った。

※インタビュアー/株式会社Widge 代表取締役 柳橋貴之

その後、日本に戻られてからは?

ビジネススクールに行きたいと思ったんですよ。商社の中には優秀な人も多いし、いろいろなチャンスもあったんですけど、タイで散々な経営現場を見たということもあって、やっぱり経営を学ぶことが必要だなと。もともと会社の制度で行こうと思っていたんですが、ビジネススクールに行く人があまりにも辞めるから30歳以上じゃないと社内試験を受けるのはダメだということになりまして…(笑)。であれば、自分で受けますと。

ご自身で受けられたのですか。今しかないという思いだったのですね。

そうですね。休職して行ってもいいんだよみたいな言葉も頂いたんですけど、退路を断たないと良くないでしょと。若気の至りなんですけどね(笑)。

MBAを取られて、その後の転職先は投資銀行に決めていたのですか?

戦略コンサルか投資銀行にという思いでしたね。それこそ、サマージョブをBCGでやらせて頂き、オファーも頂いて。

なぜBCGに行かれなかったのですか?

BCGには素晴らしい方が多かったのですが、皆さん非常に頭が良くて。これは自分向きじゃないなって思ったんですよ(笑)。それで、数字を扱い、かつ成功報酬型のビジネスの方が向いているという自己分析もあって、投資銀行のメリルリンチに決めて11年お世話になりました。

メリルリンチでの11年間はいかがでしたか?

まず入口から大変でしたからね…。最初にニューヨークに赴任させてもらったのですが、まさにその時に9.11がありまして…。当時はワールドトレードセンタービルの隣のビルにいたので、大パニックでした。

仕事に関しても、最初のニューヨークでの研修中に半分の人達がクビになるという現実を見て、「やはりすごい業界だな」と衝撃を受けました。

その後、東京に戻ったのですが、しっかりと自分で仕事をつくらなければ後がないという思いでやっていたので、あっという間の11年でしたね。

そうなのですね。 ある意味、やり切ったなという実感があったのでしょうか?

それでいうと、ある程度はやり切ったと自分では思っていたのですが、妻に「本当にやり切ったの?」と連呼されまして…(笑)。実は、ビジネススクールに行くお金も妻が出してくれているんですよ。

そうなのですか! その時には既にご結婚されていたのですね。 

はい。妻は三菱商事の先輩で。 結婚して一緒に会社を辞めたんです。 僕がフランスのビジネススクールに行くと決めたので、「私も一緒にフランスに行く」と。 一緒に二人で走ってきたんですよね。 自分なりに、ある程度ディールもやったし、40歳になって自分で事業会社側に行こうと。会社の成長を助ける側から、自分で成長させていきたいって。そういう思いがあるというのを真摯に伝えたんですよね。

そうしたら、「二流のまま終わるの?」って言われたんですよ。

「二流」ですか。

彼女にしてみると、「本当にちゃんとやり切ったのか」と。 三菱商事を一緒に辞めて、フランス、ニューヨーク、東京と一緒についてきてくれて。 妻も仕事を持っていますし、僕が投資銀行勤務というのもあり時間がめちゃくちゃなので、家族にだいぶ負担を強いていた中、応援してくれていたんですよね(笑)。

「自分の力で勝負できるようなところで頑張るんだって言ってやってきたのに、マネージングディレクターにもならずに辞めていいの?」と(笑)。それで自問自答を繰り返していたんですけど、やはり次へという思いが強くて、最終的には納得してもらいました。

すごい奥さんですね。 奥さんとしては辞めてほしくなかったというよりは「本当にやり切ったって言い切れるの?」と。「そうじゃないと逆にどこへ行っても後悔するよ。」みたいな思いだったのですかね。

そうですね。 そうやって言われて、本当に胸に手を当てていくと、やっぱりやり切っていないんですよね…(笑)。次に向かいたいという思いがあったのは事実なんですが、半分逃げていたと言われれば、そうだと思いますし(笑)。

そう言えるところが秋山さんの強さのような気がします。

そうですかね(笑)。でも、だからこそ、それ以降は、何があっても途中で投げ出したりすることはしないっていう気持ちが強くなったのかもしれないです。

素晴らしいです。 その後、グリーさんと出会うことになると思いますが、どのようなきっかけだったのですか?

最初のきっかけは、元コーポレート本部長の島がきっかけですね。彼がメリルの後輩で。 ある日、一緒にランチをしていたら、すごく楽しそうだったんですよ。そこからは僕の方からプッシュして(笑)。押し売りですよね(笑)。話を聞かせてよって。それで代表の田中ら経営メンバーに会わせてもらいました。

入る前にお会いされた方はどういった方々なのですか?

田中と、今はグリーベンチャーズの社長をしている天野、執行役員社長室長の相川ですね。 あとは青柳さんです。 青柳さん、実はグリーに転職する時にメリルも受けに来てくれていたんですよ。僕も面接していて、オファーを出したんですよね。で、その後社内で青柳さんはどうなったの?という話になったら「なんかグリーっていう会社に行ったらしいですよ」って言うので、みんな「え???」ってなって(笑)。

当時はそうなりますよね(笑)。

ちょうど景気も良い頃だったので、「なんでそんな会社に行っちゃったの?」って(笑)。

すごい巡り合わせですね(笑)。

そうなんですよ。 青柳さんも僕がグリーに入社したときは「信じられないですね!」みたいになって(笑)。

最終的にグリーさんに入社する決め手になったのは、やはり「人」ですか。

そうですね。会社自体も急成長している面白い状況でしたし、今名前を出した人達がとても信頼できると感じたということはありますね。

浮ついた感じがなく、しっかりと地に足が着いていたというイメージでしょうか?

まさにそんな感じですね。 2005年頃まで投資銀行時代にお付き合いしたITベンチャーは、どちらかというと若くて勢いがあって、先のことをそんなに考えていないな…みたいなイメージだったんですよ。実際にそういったIT企業は、その後あまり成長しませんでしたね。

そんな中にあって、すごくまともな考えを持っている人達だなって。この人達と一緒だったら…って思いました。まあ、年はいっちゃってるけど、一緒にやっていけるなって。