【インタビュー】株式会社プレイド/武藤健太郎氏- 会社にとってベストなIPOとは~グローバル・オファリングから得たこと(1/3ページ)
2020年12月に東証マザーズ(現 東証グロース)に上場を果たした株式会社プレイド。グローバル・オファリングを行い、募集・売出株式の海外比率は約8割、上場時の時価総額は公募価格ベースで600億円を超えた。しかし、上場に至るまでは、上場申請の取り下げやリスケジュール、まさかの上場目前でのグローバル・オファリング断念の危機!?…など数々の紆余曲折が。プレイドのIPOをグローバルなものへと導き、ベストな形でのIPO達成にこだわった取締役の武藤健太郎氏に、IPOに至るまでとその後の取り組みについてお話を伺った。
※インタビュアー/株式会社Widge 利根沙和
プレイドの世界観・『KARTE』の可能性に魅せられて…
本日はお忙しい中、ありがとうございます。早速ですがこれまでのご経歴などをお聞かせください。
新卒で現在の新生銀行に入行し、金融商品の開発などを担当した後、ドイツ証券に移りました。そこで14年間にわたって、投資銀行部門でM&Aアドバイザリーや資金調達などに携わりました。その後も、みずほ証券投資銀行本部でIPO支援、スタンダードチャータード銀行でM&Aチームの立ち上げなどをしていました。
アドバイザリー業務のプロと言えるご経歴ですが、プレイドという事業会社側、それもスタートアップに来られたのは、何か思いやきっかけがあったのですか?
実はスタートアップは初めてではなく、短い期間ではありましたが、ヘルスケアテック・スタートアップの FiNC Technologies という会社にいたことがあります。そこでの経験がとても面白くて、機会があればもう一度スタートアップに行きたいという気持ちがありました。でもなかなか良いスタートアップに巡り合えていなかったのです。
もう一度スタートアップへと思われた理由…その面白さや魅力とはどのような所でしょうか?
そうですね。ドイツ証券を含めいくつかの金融機関で、多くのM&A案件や資金調達を経験し、それらに関するスキルや考え方を身に付けてきたのですが、それはあくまで各事業会社の意思決定を支援するアドバイザーという立場。20億とか30億規模の出資について、意思決定する当事者側にいることと、アドバイスする側とでは、重みが全く違うだろうと感じていました。その点、自分自身が意思決定する側である事業会社、特に意思決定スピードが早く、個々の裁量が大きいスタートアップは魅力的に感じ、そこに行ってみたいというのが一つありました。
もう一つの理由としては、買収や資金調達の支援をした企業のその後に携わりたかった。金融機関は良くも悪くも、M&Aが決まれば手数料を頂いてそこで終わり、資金調達もお金が入れば後は上手く使ってくださいという立場。買収に至るまでのバリュエーションやシナジーの想定、売り主との交渉などがやりがいではあったのですが、本当に面白くチャレンジングなのはその先なのではないかと感じていました。買収後に企業と企業がどう融合し価値を見出していくのか、資金調達後に企業がそのお金を実際にどう活かしていくのか、この部分がすごく大切。そこを実際にやってみたいと思いました。
CFO 武藤健太郎氏
プレイドへはどのような経緯で入社されたのですか?
大学の同級生でもある、プレイドの社外監査役である山並から紹介を受けたのがきっかけです。彼が「この会社はすごいんだ」って言うんですよ。「何がすごいの?」って聞くと、「個人のインターネット上での動きを、リアルタイムでモニタリングできるテクノロジーがあるんだ。しかも、それに応じて個人の見るウェブサイトの内容を変えていけるんだ。」と言うんですね。私はインターネットのテクノロジーには詳しくなかったので、その話自体が驚きでした。詳しい方はそこまで驚かないのかもしれないですが、「すごいテクノロジーの会社だな」というのが僕のプレイドへの第一印象でした。
御社のプロダクト『KARTE』のことですね。
そうです。本来インターネットはユーザー情報を保持できない構造なのですが、そこに『KARTE』を提供することで、ユーザー情報に基づいたウェブサイトのパーソナライズをしようというものでした。画期的なプロダクトですが、CEOの倉橋に話を聞くと、「まだウェブサイトやアプリを保有する事業者全体の5%ほどしか使われていない。でもこの技術を世界中に広めたい!」と。まだ小さなスタートアップが、革新的な技術を開発し、それを世界に広げようとしている。プレイドの目指している世界観というか、見ている世界の大きさに感動しました。ここでなら、M&Aや国内外からの大型資金調達などを行ってきた僕のこれまでの経験も活かせると感じました。
プレイドに大きな可能性を感じられたのですね!
はい。あとは倉橋との出会いも大きかったです。面接時に倉橋から、割と大きな規模感で約一年後に国内IPOを目指していると聞いたので、率直に「グローバル・オファリングはしないんですか?」と質問しました。すると「うちは日本の事業なのに、グローバル・オファリングができるの?」と逆に聞き返されました。海外投資家は、グローバルに展開している事業だけではなく、日本で日本のマーケットの強さを活かして成長している事業に対しても投資したいと思っている。海外事業か国内事業かは関係ないという説明をしたところ、倉橋はその場で「グローバル・オファリングをやりたい!」と。これは倉橋の経営者として素晴らしい一面だと感じているのですが、新しい考えに非常に前向きで関心も高く、さらに、その分野のプロの意見はしっかり聞こうとする姿勢があります。このような経営者とぜひ一緒にやっていきたいと思いました。
なぜ、グローバル・オファリングなのか
大きな視点からの新しい提案を、面接時すでにCEOにされていたのですね!入社時のミッションは当然IPO達成かと思いますが、当時のIPOの進み具合はどのような状況でしたか?
私が入社したのは2018年10月。翌年6月上場というスケジュールを目指していたので、私はそのプロジェクトの真っ只中にCFOとして参画しました。入社当時の社員数は70~80名程度。CFOの私と財務経理担当の執行役員、そこに2名のメンバー、合計4名体制というスモールチームで動かしていくことに。すでに証券会社も決まっていて、中間審査も終わり、最終審査が目前という状況でした。長年プロジェクトベースで仕事をしていたので、残り9ヶ月で上場を達成するというプロジェクトに参加した感覚で、最初から全力投球しIPO達成という最初のミッションに臨みました。一方で、どのような投資家にどのように株式を売っていくかというオファリングの部分は、私の入社時にもまだ十分な議論がされていませんでした。そこで、グローバル・オファリングについて、12月までの3ヶ月間でいくつかの外資系の証券会社も含めて話し合いを重ね、その勢いそのまま翌年の2019年3月には、倉橋と一緒に世界の投資家に説明に回り始めていました。
グローバル・オファリングを進めるにあたり、どのような部分が議論のポイントとなったのでしょうか?
倉橋との面接時に「グローバル・オファリングをやろう」ということになったわけですが、本当にそれをやる価値があるのか、そもそも可能なのかをまず判断しなければなりません。とはいえ、「不可能だからやめます」というわけにもいきませんから、不可能ならそれをどう可能にするかというプロセスも考える…という状況からのスタートでした。
まず価値があるのかどうかという観点でいうと、グローバル・オファリングは弁護士費用だけでも2~3億円かかるので、本当にそれだけの費用対効果があるのかというのは当然シビアに見られますし、実際に当時の株主であったVCの反応も良いものとは言えませんでした。でも倉橋は「それが5年10年と続く良い投資家層を作るのであれば全く構わない。会社にとって一度しかないIPOなのだからベストの形をとっていこう」と長期志向で前向きな方向性を明言してくれました。
長期目線で投資家層の形成をするという視点がしっかりあったのですね。
当初は倉橋の中でもIPO後は、機関投資家から短期的視点での利益などが求められるのでは、という認識を持っていたようです。しかし、グローバル・オファリングの是非について議論を重ね、実際に世界を回って海外投資家と対話する中で、国内と海外の投資家の違いを肌で感じたことが大きかったのではないでしょうか。「将来的に成長するポテンシャルがあるのに、なぜ今から利益を出そうとするんですか?」という反応がとにかく多かったのが海外投資家たち。当時の国内IPOは黒字上場が当たり前といった世界で、株主はIPOが見えてくると短期的な利益を求めてくる傾向にありました。当時、売上規模もまだARRで15億くらいと規模の小さいプレイドに対して、海外投資家たちが「赤字でもいいからもっと投資をして成長していくべきじゃないか」と言ってくれたことは、グローバル・オファリングを進める中で大きな後押しの一つとなりました。
海外投資家の長期的目線での支援や反応は心に響くものがありますし、国内目線では得られなかった新鮮なものですね。
そうですね。一方で、IPOを目指すにあたり、なぜ国内投資家でなく海外の投資家に株を持ってもらう必要があるのか…これを株主であるVCにも理解してもらう必要がありました。この点についても「海外投資家からの長期投資を見込める方が、結果的にプレイドのバリュエーションが高くなる」というロジックを立てることができたことが、グローバル・オファリングへの道筋を固める上で大きかったと思います。
なるほど。海外の投資家とのコミュニケーションで心掛けられたことなどはありましたか。
海外とか英語とか関係なく、うちは倉橋が「これを話したい。話すべきだ」というものを明確に持っていました。特に大事にしていたのは、会社のビジョンをしっかりと伝えることです。投資家とのコミュニケーションというのは、我々が投資家に選んでもらうだけでなく、我々が投資家を選ぶプロセスでもあるのだという信念がありました。投資家と一言で言っても、利益に興味がある人、事業に興味がある人、ビジョンに興味がある人と様々です。倉橋がビジョンについて話す時間を多くとることで、そこに共感してもらえない投資家ももちろん出てきますが、一方で、5年後10年後、もっと先の世界観まで熱心に聞いてくれる投資家も出てきたのです。
ビジョンを伝えることで長期的に支援してくださる投資家との関係を作っていかれたのですね。
実は、私も証券会社も、投資家には最初に『KARTE』がどういう商品かを説明する方がいいと考えていたんですよ。投資家からすると、『KARTE』が通常のマーケティングクラウドとどう違うのかがとても分かりにくいので、リアルタイムに行動をみてその画面にポップアップを出すことにどんな価値があるのかをしっかり説明したほうがいいと思っていました。しかし倉橋は「いや、最初に伝えるべきはビジョンだ!」と明言していました。全ての投資家から選ばれようとするのではなく、本当の意味で支えてくれる投資家に出会うプロセスとしては、とてもよかったのではないかと思っています。