【インタビュー】家族・友人との信頼関係、知識、健康…「見えない資産」を大切に(1/6ページ)

記事紹介高専から新卒で富士通株式会社のエンジニアへ。その後、公認会計士へキャリアチェンジをし、青山監査法人(現PwCあらた監査法人)へ入所。野村證券株式会社(引受審査部門)、株式会社ラルクを経て、株式会社エラン・取締役CFOとして東証マザーズへのIPOならびに東証一部への市場変更を牽引。監査法人・証券会社・IPOコンサル・事業会社(IPO準備から東証一部)と、様々な角度で経験を積まれてきた同氏のキャリアストーリーと、その後について伺った。

※インタビュアー/株式会社Widge利根沙和

本日はよろしくお願い致します。 これまでの渡邉さんの豊富なご経験を、これからどのように社会に還元しようとされているのか、ぜひ様々なお話を聞かせていただけたらと思っております。

私でお役に立てると良いのですが……。どんな話題でも聞いていただいて構いません。

ありがとうございます。早速ですが、もともと学生時代から会計士の資格を取得されたり、CFOの道に進もうという考えをお持ちになっていたのですか?

まったくそんなことはありませんでした。その分野への関心がなかったというか、そもそも世の中にそのような進路や職業があることすら知りませんでした(笑)。

渡邉 淳 氏

高専にご進学されていますが、何か理由があったのですか?

家庭の経済的な事情というのもありましたが、何も考えていなかったというのが正直なところです。どちらかというと無気力でしたし。高専に5年間通いましたけど、あまり勉強もしていなかったですね(笑)。

ご卒業後は富士通さんにご入社されていますが、決め手は何だったのでしょうか?

当時、高専卒業後の進路の王道は、大手電機メーカーのエンジニア職への学校推薦入社でした。自分が推薦を得られる就職先候補の中から、なんとなく富士通を選んだという流れです。まず3年はやらないと……という教えもあったので、素直に3年間は勤めました。

3年やってみて、いかがでしたか?

入社当時から、仕事の面白みになかなか出会えなかったということもあるのですが、だんだんと「大企業で働くことは、その会社で生き抜く力はついたとしても、それが他社でも通用するとは限らない。ひょっとするとリスクの方が大きいのでは?」と考えるようになりました。

組み込まれた歯車の一つのように感じてしまって、自分がいてもいなくても会社やプロジェクトは動き続けるということにも気づいたんですね。

株式会社Widge 利根 沙和

その気づきから次のステップアップへと考えられたのですか?

正直に言うと、当時、今の妻と出会って結婚を意識したことが一番のきっかけでした。初めて職業選択について真剣に考えました。自分はエンジニアには向いていないと思っていましたし、このまま勤めていたらまずいなって思って……。でも、結婚してからすぐに転職とか、軌道修正ってなかなか難しいなと思って本気で慌てたんですよ。

それは奥さまから結婚するにあたって何か言われたとかいうわけではなく?

何か言われたということはありません。彼女は富士通に勤めている渡邉と結婚すると思ってましたからね。それがいきなり辞めるって……(笑)。

それは驚きますよね!

すごく驚かれました(笑)。辞めるって言ったら、「何それ」ってなりますよね(笑)。

でも、結婚について真面目に考えていると説明をし、さらに彼女の親にも挨拶に行きました。「娘さんをください!」ではなくて、「会社を辞めるのでちょっと実家に帰ります。」と(笑)。

「実家に帰ります」ですか(笑)。

はい。それで、「公認会計士という資格を取ろうと思っているんです。難しいみたいなんですが、頑張ってみます。合格したら(娘さんをもらいに)もう一回ここに来ます。」と宣言をして、千葉にある実家に帰りました。それから資格試験の予備校に入って地獄の勉強が始まりました。

とても格好良いエピソードですね。数ある資格の中で、公認会計士に決められたのは理由があったのですか?

まず、エンジニアとは別の仕事をやろうと思ったものの、未経験者がやり直すには資格でも取らないとダメだろうと思いました。しかも簡単な資格では食べていけないだろうと思ったんですね。それで難関資格だけを調べて、その中で一番興味が持てたのが公認会計士でした。

正直、それまで公認会計士という職業自体を知りませんでしたし、簿記3級すら分からなくて、本当に何も知らない中でこれって決めたんですよね……(笑)。冷静に考えれば無謀なチャレンジだったと思いますが、丸2年、必死で勉強しました。

本当に合格されるのですから、凄いですよね。

本当に死に物狂いで勉強しましたね(笑)。彼女が待っていてくれていますので合格しないとまずいと必死でした。今の私があるのはその時の妻の応援のお陰です。妻には本当に感謝しています。

無事に合格され、晴れて会計の世界に入るわけですね。青山監査法人さんに入所されてからは、いかがでしたか?

いざこの世界に飛び込むと、そもそも皆さん優秀ですし、自分はスタートが遅れていますからね。学歴も人脈もなく、英語もできませんでしたのでピンチの連続でした(笑)。

当時の青山監査法人は外資系クライアントが多く、12月決算など3月以外の決算月の会社も多くありました。そのお陰で1年のサイクルの中で何度も本決算の監査を経験できました。忙しかったですがその分多くの経験を積むことができました。

「忙しい代わりに仕事を覚えるスピードは速い」というのが同法人の売りでしたので、私もそこに興味を持って入所を決めましたが、なかなか大変でした……。

いろいろと苦しかったこともありましたが、振り返れば、会計士になって最初に入る場所としては正解だったかなと思っています。

そのまま青山で上を目指すという選択肢もあったはずですが、ゆくゆくはどこかに出ていくだろうなというのは、ぼんやりと思っていたかもしれないですね。